What's New | Michiko Yoshino | ジャズボーカリスト 吉野美知子

What's New

2002年2月アーカイブ

"日本に足が"

ボストンから帰って約6年後、4年くらい前に、再びアメリカに住むつもりで、仕事も退め、住んでいたところもかたずけた。が,突然その計画が暗礁に乗り上げた。
住居は解約して住むところもなくなってしまったので、取りあえず渡米してヴィザのいらない3ヶ月間滞在して、暗礁に乗り上げた原因を知りたいと思った。
滞在した甲斐があって原因を突き止めた。その結果、アメリカに住む計画は止めて,再び日本でやってみようと思い帰国した。

今年でボストンから帰って10年たった。
4年くらい前までは、年に数回は渡米したりして、日本に足がついていなかったような気がする。
その渡米計画中止後2年して暗礁のショックから立ち直ったあと、作ったのが私の2ndアルバム"After a long spell of rain"です。
今は、地に足がついている気がする。この東京に。
そして、いいライブをしたいと思う。

"自立したかった"

前のコラムで"男女の差別を少し感じた"と書いたけど、誤解しやすい書き方でした。いまより"女の子は...とか、男の子は..."という時代でした、が。
実際小さい時、女の子だからといって、兄達からいじめられた記憶はありません。
のびのび育ったと思う。
ただ、私は末っ子だからなのか、性格なのか、
高校卒業したら、自立したいと思った。
何をやりたいか、わからなかった。決められなかった。
国境のない広い世界で仕事をしたいと思った。
"ジャーナリストもいいなあ"なんてちょっと憧れたりもした。
まず東京に行きたいと思った。
自分で働いたお金で自由に人生をやってみたいと思った。
学校も自分のお金で、行きたいと思った。
自由に憧れた。
そして、東京に来た。
何になりたいか、わからなかったけど、これから始まる未知の人生にワクワクしていた。世界を、動き回るためには、まず英語をやろうと思った。

"競走は嫌い"

スポ-ツは、大好きで小学校の時は体育の先生になりたい、と思った記憶もある。
でも体育の先生はやれたとしても、オリンピックを見ていて、スポーツの競技者には向かないとつくづく思う。"勝った、負けた、どっちが上、速い、うまい、強い、きれい"などの 必死の競争なのだ。

私は人と競走したり比べるのは好きじゃない。
よく同じ仕事で、ライバル意識を燃やす人がいるけど、私は、その人が素敵だったら、素直にそう思うので、意識じゃなくてその人と友達やファンになる。
好意的な意識のされかたじゃなかったら、精神衛生上よくないので、そういう人とは関わらないようにしている。
幸いステキな友人達に恵まれている。周りの人も大体、さっぱりした"体育会系"だ。
本当は"体育会系"ってどう言う系統を言うのか、良く分ってないのですが。
(知ってる人教えて下さい)

私は兄3人の末の妹。姉も妹もいないのでくらべられる事もなかったからか、人と競う意識がない。人をうらやましいともほとんど思わない。
ただ末っ子で女の子一人で可愛がられる代りに、女の子だからという、男女の差別は少し感じ、そういう差別も好きじゃない。平等が好き。
だからなのか、生まれつきなのか、あんまり女ぽくない。女ぽいという基準もよく解りませんが。

私は、自分がなりたい自分になるように生きている。
音楽も、自分が美しい、かっこいいと思える、自分が喜べる音楽をやっていきたい。そしてもっと自由になりたい。稚拙でも未熟でもそれが自分なのだからしょうがない。
そのために情熱は傾けたい。

スポーツでなくてアートを選んで良かったと思う。
私には競争は出来ないし、嫌いだ。

生徒にも私は言います。"人と比べちゃだめだよ!みんな違うんだから、だからおもしろいんだから、自分を磨いていけばいいんだから!って........

"清水、荻原"

楽しみにしていたオリンピックもそろそろ終りに近付いてきた。
TVや新聞に釘付けと言うわけでもないけど、一流の選手の競技は、ドラマチックで見ていておもしろい。
私は、スケートの清水とスキ-複合の荻原に感心があった。
清水も荻原も調子が前回のようではないので、その彼等が臨む試合のライブそしてその後の表情(心理)に興味があった。もちろんいい出来にこした事はないけど。

荻原は、団体で92、94のオリンピックで金をとった時は、若く、まだ挫折知らずのコメントが調子にのっていて軽く、少し気になった。
その後、長野での力走の果てに欲しかったメダルを逃し、またその後のWカップでの不調の中での挫折とたゆまぬチャレンジは彼を人間的に大きくさせたようで、顔もコメントも成長してステキだ。
また清水は、なんて強いんだろう、カッコいいんだろうと思う。そして優しいんだろうと思う。
スポ-ツはいいなあ!と、また思う。

"Blues Alley Live 2/13/2002"みなさんありがとう!

2/13に、Blues Alley でのライブが終わりました。
おいでいただきましたみなさま、本当にありがとうございました。

いつもライブの終わった後の数日間は、"ボーーッ"として気がぬけて"つかいもの"にならない状態です。
でも、来て下さったみなさんへのお礼と、いらっしゃれなかった方への御報告もしたいので、うまくまとまるかわかりませんが.......

今回は、久しぶりに基本的にはピアノトリオ+ヴォーカルとシンプルな編成,しかしベースは、エレクトリックベースのグレッグ. リーさんそして、ゲストにシルヴィオのヴォーカル+ギターに加わっていただいての構成。

今回のBlues Alley では、ボサノヴァなどのブラジル系の音楽をやってみたいと思いました。そして先日のX'mas Live のプロデュースをして下さったブラジリアンミュ-ジシャン.シルヴィオを今度は私のライブに御招きしたいと思いました。
そしてやはり、ジャズも歌いたいしオリジナルもやりたいので....というプログラムでした。
たくさんのお客さま,そしてお店もスタッフも暖かい雰囲気のなか、心配していた風邪も、咽の痛みは残っていましたが、声の調子は戻って、私も1ヶ月半振りのライブをお大いに楽しみました。

当日簡単なリハをしましたが、本番はまた全然違ったりして本当にスリリングでした。
スリルは好きなので、おもしろかったです。これで、もっと回数をやったら鍛えられるのですがね。

昨日、今日とライブの録音を聴きました。
自分自身はいつも反省いっぱいです!聴きながら耳押さえたり、叫んだり'ん... もう!"です。
良い出来もありました。私のオリジナルElegy -Ray Of Moon"は、いままでで一番いいできでしたが、他の曲は荒いところもいっぱい!もっと練習しなくッちゃ!と、それに、新しいポルトガル語のボサノバは、次回はもっとしなやかに歌いたいし........
ライブの後はこんな反省ばかりです。
前回のX'masLiveは、めずらしく、うまく歌えて終わった後すごくハッピーでした。
曲も楽な曲が多かったので。


まだ私はボッーとしているのですが、早くも、みなさんからライブの感想やら、エールをいただき、とても嬉しいです。
いつも聴きに来て下さる友人達、生徒達、ファンの方達、初めての聴きに来て下さる方達、そして久しぶり再会できた友人達、遠くからわざわざ泊りがけで来て下さったり、いつも本当に感謝、感謝です。いつも最高の観客に恵まれて私は幸せなひとです!

Thank you . I love you all !!!!!Love Michiko Yoshino

「命がけ」part-2

ソルトレークオリンピックが始まり、選手の熱戦、熱演が続いています。
なぜか前回のコラム"命がけ"という言葉の響きが頭をよぎり、うろうろしています。
「命がけ」という言葉の響きは、やはり私には生々しすぎて落ち着きません。
今戦っているオリンピック選手達は、もちろん努力ができる才能や才能(天才と言わなくても並外れた能力)や、集中力やイマジネーションそして運や、いろんな条件を克服した人達でしょうが、なぜか昔の、マラソンの円谷選手(東京オリンピックで銅メダルをとってその後自殺)のような、古さは感じず、よく言われている"自分の為にやっている"感じがして、見ていて爽快です。もちろん並外れた忍耐はあたりまえでしょうが。壮行会での小泉首相のスピーチは、御本人ク-ルそうに見えても結構センチメンタルなんですね。そう言えば感情的な発言や行動もありますね。

朝日舞台芸術賞の贈呈式でも、例えばバレリーナの森下洋子さんとか板東玉三郎さんだったら "踊りに生涯を捧げた"とか"美の追求"とか"自分の美の表現に..."とか、うまく言えないのですが、コラムを書いた人も、違う表現をしたような気がします。がやはり受賞者が前衛舞踊の大野一雄さんと伊藤キムでしたら、表現のスタイルがコラミストに、そう言わせたのかも知れません。

しかし表現者としてはクールなスタイルの私も、新聞のスポ-ツ面や社会面の"アフガン復興への道"なんて見出しをチラッと見ただけでジワッと来てしまいます。
年のせいかな?いいえ、小さい時からこんな感じでした......。
だいぶ落ち着きましたので、ライブの準備にもどります!
お騒がせしました!そうです、毎日"じたばた"なんです。

「命がけ」

昨日のニュースでソルトレークに行くオリンピック選手の壮行会での小泉首相の挨拶が映っていました。はっきり言葉を覚えていないけど"みなさんの命がけでやっている姿がみんなに感動を与えるのですから....."のようなあいさつだったと思う。

また1ー2日前の、朝日新聞の天声人語は、"朝日舞台芸術賞の贈呈式後のパーティーでのシーンで、.....受賞者の大野一雄さんと伊藤キムさんとの踊りは、大野さんから伊藤さんに何かが手渡された、そんな感じの感動が走った、「肉体のリレー」と言う事を考えさせら.....そして演出家の栗山民也さんはJ.L.ゴダール監督の「映画史」に出てくる言葉「命がけの美」について語った。「命がけの美」に身体を張っている人たちとの感動的一夜だった"とのコラムでした。

「命がけ」という言葉の響きは生々しすぎて、私にはちょっと違和感がありますが、すごい事で、その事には憧れ"死ぬ覚悟"でやればもっと身がはいる、といつも心だけは反省する。その「命がけ」ができる、素晴らしいスポーツマン、アーティストは本当に多くの感動を私に与えてくれます。自分もアートの端っこにいる気持ちはあっても日々"じたばた"して終わってしまうのが現実です。あらゆるジャンルで一生懸命誇りをもって一流の仕事をする人は、才能だけじゃない、その人の半端じゃない「命がけ」の姿勢も私達にたくさんの感動をあたえてくれる。こういう感動が私の大事な栄養であり教師でもあるのですから、いつも刺激を受けられ栄養を吸収出来るように生きていないとね。

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