What's New | Michiko Yoshino | ジャズボーカリスト 吉野美知子

What's New

2002年3月アーカイブ

"外れ者"

3/22のコラム"自慢"で"外れ者の私"と言う表現をしたところ"外れ者って、どういう意味ですか?"という質問を受けました。
これは"イミシン"で、使った私には理由がありました。

私は子供のいる普通の家庭を営んでいる方からみたら"外れ者"なのですが、思いきり好きに生きているので外れているからと自分で残念に思ったことはありません。

が、10年ちょっと前、私が離婚をする事になり、兄の一人の家に挨拶に行った時、純粋な日本男児の甥のR君から、"美知子ちゃん離婚はよくないよ!"と、とても残念がられました。
まだ二十歳前の彼にとっては、ショックで、残念なのと、離婚は少し恥ずかしいという感じ方があったようで私は"若いのに古いなあ"と思ったのですが"R君にとてもショックを与えてしまった"という思いがずっとありました。
そんな心の傷がある私に、1人の甥は(5人も甥がいます、全員可愛いですが)"僕の自慢のおばちゃん...."と、私をガールフレンドに紹介してくれたので、心の中では自慢"しちゃういます。

私自身は"人に迷惑をかけなければ、一度の人生思いっきり生きなくっちゃ!"と言う生き方なので、"外れは当たり前"なのですが、R君にショックを与えてしまったという思いが時々顔を出して"外れ者"なんていう表現をしてしまったのです。

そんな訳で、"家族にとっては外れ者の私"が正解でした。

R君ですか?一本気で古風なところがあってユーモアがあって真面目ですよ。彼はそんな事とっくに忘れていると思います。今は小学生の男の子一人の父親です。

大西美代子ナイトー"カジュアルの美"

今日は友人のバンジョ-プレイヤ-大西美代子さんのバンドのライブを聴きに浅草のハブへ行きました。
ハッピーなデキシーランドジャズと彼女の関西仕込み(というより生まれつき?)の、笑わせ、のせまくるトークと浅草という下町で庶民的で粋な雰囲気とがうまく溶け合って、お店中に活気があふれ、私の言葉でいうと"カジュアルな美"満ちていました。お客さんは、みんな恵比寿顔。観客は、5-60代の男性が半分以上しめて、手拍子やニューオリンズでやるように、傘を持って踊りだしたりすごくうれしそう。夕飯を終えた御主人達が"ちょっと行ってくるよ!"と、寄席に行くようにデキシーを聴きに来てるのかなあ?さすが浅草、粋だなあ、なんて思いました。

大西さんと最初会ったのは20年以上前、高田の馬場のピザハウス.シェーキーズででした。
私がホテルニューオータニで歌っていた頃、友人のデキシージャイブのベーシスト菊ちゃん(菊池一成さん)が私を"トランペット(TP)の鈴木さんに会わせたい"と、誘ってくれ、鈴木さんの仕事場だったシェーキーズに行きました。
そのバンドメンバーだった大西さんとピアニストの大橋高志君(私の方が少しお姉さんなので、私は大橋君とずっと呼んでます。今日3年ぶりに再会)は、神戸で鈴木さんに出会い、3人で東京に出てきてシェーキーズで演奏していたところでした。

そのリーダーのTPの鈴木さんは、ハートがあって、ジャズが大好きで、世話好きな親分肌でみんなに慕われていました。早稲田大のデキシーランドジャズのメンバーや、仕事のオフの若いミュ-ジシャンが連日遊びに(この"遊び"はバンド用語で、よそのバンドの演奏に加わらせてもらうこと)にやって来て、ステ-ジ前にたむろして、お互いの演奏を聴きあう素晴らしい場でした。メンバーの大西さんも、大橋君もその鈴木さんの精神をうけて、連日やって来るみんなを暖かく迎えてくれました。

今思うと、それはちょっとしたスクールのようなもので、私も仕事のない日は連日行って歌わせてもらったり、鈴木さんから、"明日までにこの曲覚えて来なさい"と、5曲くらい宿題をもらったりして必死で覚えたりしました。

その、TPの鈴木さんは、現在行方不明なのですが、大西さんも大橋くんも菊ちゃんもめったに会わないけど、今も変わらず友達。今みんな油がのり始めてばんばん音楽楽しんでます。

今日、聴きに行った私を大西さんがステージに誘ってくれたので、2曲うたいました。
私は、自分のライブ以外はシャイで緊張して突然誘われても気がのらないのでごねるのですが、スクールメートだった彼等とはいつでも気楽にハッピーな気持ちでセッション出来ます。

スズキメソードの効果かもしれません。

それにしても、鈴木さんどこにいるのかなあ?

"尊敬してます"

『日本では、"言葉で言うな!という社会じゃないですか?例えば、上司に"尊敬してます"なんていうと、"そんなこと口でいうな!"という、』と、ある脚本家の日本語に関するTV討論会での発言の一部です。

ふと "やはり日本はそうなんだ!でも、そんな風に否定したら、こんなコラムなんて成り立たないよね"と、思った。

私が教えている学校でも、クラスがスタートしたばかりの時は"誰か歌いたい人、手を上げて、ボランティアは?"って聞いても、下を向いたり隣の人と顔を見合わせたりで周りを気にして誰も声も手もあげません。(でも私のクラスは1ヶ月もすると変わっていきますがー私の"自慢"その2)

日本では、腹芸とか、接待で話が決まるとか、曖昧な表現で解ってもらう場合があります。いい意味では、たとえば羽織の裏のとっておきの柄を、チラッと見えた人だけに気付いてもらうとか(この場合自己満足で気付いてもらわなくてもいいのかもしれない)、美しい月を直接眺めないで、お酒の入った盃に写った月を眺めて楽しむとかは風情があって、すごくカッコイイ文化だと思うのです。しかしコミュニケーションにおいて、現在のように色んな国の人が混在している国際社会では、文化、習慣、環境など違うので、はっきり伝えないと理解出来ないし誤解を招くこともあると思います。

私は、ボストンの音楽の大学ではパフォ-マンスメ-ジャ-(科)でした。ここでの"パフォーマンス" とは人の前で音楽を演奏したり、踊ったり、演じたりと、芸をさしますが、もう一方では、御存知のようにもっと広い意味があり、あらゆる表現、そして人とのコミュニケーションまでをいい、私は広い意味での"パフォーマンス"にも、ずっと興味を持って来ました。

これも"パフォ-マンス学"という学問になっていて、日本では実践女子大の佐藤綾子先生が第一人者で沢山本を書いていらっしゃいます。 E.Tホールという人の説では(佐藤さんの本から得た知識ですが)日本は高状況文化(High context culture)で多民族でないのでイエス、ノーをはっきりさせなくても状況が判断してくれ、暗示表現や、非言語表現が優先する社会ということです。そのため相手に期待し、うまく答えてもらわないと、いらいらしたりがっかりしたりもします。地域、国でいえば、日本、中国、韓国などアジアの国々がそれにあたるそうです。イタリア、南米もこちらのような気がします。

それに対して、低状況文化(Low context culture )では、状況があまりものを言わないので、大部分の情報が明確な形の言葉など記号によって伝達される文化で、他民族国家であるアメリカ、社会保障や環境、政治形態など進んでいるスウェーデンなどがあるスカンジナビアそしてドイツなどをさすそうです。そして、国際人としては、高状況文化や非言語表現をすて、フェアで正々堂々とパフォーマンスをする事だということです。

私自身は、ほんとに美しいと思うと"きれい!、美しい!"(ナンパしたりしませんが)と言いたい方で、日本には、はまらなくて結構、気を使うところがあります。だからたまに日本を離れないとだめです。日本を飛び立つ時にまず開放感を味わい、飛行機がエアポートに到着して、荷物をとって空港ビルを一歩出ると、もう人格がかわります(?)気楽にタクシーの運転手さんと冗談いったり(相手もそうなので)もっと伸び伸びコミュニケ-ションができリラックスできます。

"尊敬してます"って、もし私が言われたら? ウーム"ニコ"と笑って、"Thank you ! ! ! ARIGATOU"と、照れるけど言うと思います。"そんなこと口でいうな!"なんて決して言いません。だって、うれしいですから。お世事はいりませんけど。

"自慢"

先日、このHPの管理をしてくれているXさんとWEB.デザインを専門にしている友人Aさんに来ていただき、会食件HPのミ-ティングをしました。
その時、Aさんは自分が担当した自動車会社のサイトを見せてくださいました。それは単に"きれい"とか、"カッコイイ"だけじゃなくて、現代のハイテックを駆使した工夫にみちたプロのデザインで、それを見せていただいて、私も、管理者のXさんも"ワー、すごい!さすが、プロ!"の連発でした。
そしたら、まだまだ若いAさんは"僕の自慢ばかりして.......".と恐縮しました。
私は"そんな事ないよ、私達にすごい勉強になって、うれしいよね!"とXさんと顔を見合わました。

"自慢"というのは、謙虚じゃない自意識過剰の人がすると嫌らしいけど、真面目にやっている人が、自分の作品を見せたりするのは、その人の素晴らしい行為、成果を他の人とシェアする(分ちあう)素晴らしいポジティブな行為で、自慢をされた方は、知らない世界を垣間見る予期せぬ楽しい瞬間だと思います。
ただ、人間いろんなタイプや好みがありますから、反応は"素晴らしい!や、勉強になりました、元気がでました、や、ありがとう"ばかりでなく、"好きじゃない"や、"no ,thank you!"ととられる場合もあると思います。
でも、"僕の自慢ばっかして....."と、いうセンシビリティを持っているAさんは、私にとって自慢をしてほしい人です。

自慢も"人による"といのが、私の傲慢な"説"です。
みなさん、真面目に"自慢"いっぱいしてください。
私は、そんな自慢に出会うのを楽しみにしています。

私の自慢ですか?
私の甥が高校生の時、この外れ者の私を"僕の自慢のおばちゃんです!"と、ガ-ルフレンドに、私を紹介してくれた事、彼の言葉は私の心に残る、大きな自慢の一つです。

St. Merry Hospital part 2

前回のコラム"St. Merry Hospital"を読んで下さった方から、"ロサンゼルス市って粋ですね"という、感想をいただきました。
その方のお嬢さんが赤ちゃんのとき"脳の検査をしたら2,000ドル請求されました。"とのこと。
私も、ボストンでの学生時代に練習室のドアに指を挟み、タクシーですぐ病院に行ったところ、消毒して化膿止めの抗生物質をもらっただけで100ドルくらい請求された覚えがあります。
そういえばTMJ(顎関節症)になった時は、3,000ドル位かかったのですが、保険に入っていたので出費は免れました。
この保険も歯の治療には無効な上に高いので帰国するまで待ちました。

そうアメリカは医療費が高いので有名です。
フルタイムで学校に勤めていた友人も"ここの学校は保険などが付いているからいいんだ"と言っていました。
ヒラリーさんが大統領夫人だった時に、保険制度の改革をやっていた記憶がありますが、 少しは改革されたんでしょうか。

外国に行く時は、最近はクレジットカードに保険も付いているので、私は特に入らないのですが、入ってない場合、St. Merry Hospitalの件のように無料なんてことはあまりないので、みなさん気をつけて下さいね。
なんて、人の心配をして私の方が気をつけなくっちゃです。

私はたいした事なく、救急車で運ばれると言う体験に興味を持っちゃって、深刻ではなかったので冗談ぽく話したのですが、生徒達は"先生こうやって無事でいてよかったよ!"とか"先生英語しゃべれるからいいけど、私だったら何にも言えなくてパニックになってたかも"とか、結構真面目に受け取ったりしていました。
でも、私も頭を打った瞬間こんな風に思いましたよ。
"こういう事も有るのだから、突然いなくなった場合の後始末位は考えとかないと"って。

友人のこんな感想もありましたよ。
"美知子さんセキュリティが来た時、服着てたのかしら?"って。

御想像におまかせします

St. Merry Hospital


11時過ぎに帰宅して、鈴木宗雄議員の証人喚問のニュースを見ていたら、
うまく逃げているだけでちっとも真実味がせまって来ない。
退屈なのでチャンネルを変えたたらERという救急病院のドラマをやっていた。
ふと、1月に起きた私の貴重な体験を思い出した。

例年参加するジャズエヂュケイションのコンベンションのために朝LAに到着。
機内で眠らなかったのでホテルに着くなり夕方のコンサートまでベッドに潜った。
夕方、起き上がって目を醒まそうとボーッとシャワーに向かって蛇口をまわした。そのとき突然冷水がかかったショックでよろけ、滑って後ろに倒れトイレに頭をぶつけてしまった。
"イッター!!"とかなりの痛みと、転んだショックで目が醒めた。
"気をつけなきゃ"と思いながら痛む後頭部に手をあてたら、血が"べトッ"と付いて今度は"ヤバッ"と思った。
どのくらい切れているのか自分ではわからないので、見てもらおうとルームサービスに電話をしたら、すぐセキュリティと共に部屋に来てくれた。
セキュリティは、傷を見て"縫わなきゃならない"と。
そして生年月日、名前、住所を聞かれた。
"顔も蒼いので、病院に行くために救急車を呼ぶけど、どう思うか?"と聞かれ、
私は"行かなきゃならないのならお願いします"と答えた。

"ST.Merry Hospital"に連れていくと言う。

痛みと、ショックはあったのですが、"ワー、救急車!乗るの初めてだ"と、初めての体験にちょっとワクワクした。それに"ST.Merry Hospital"という名前が、なんとなくかわいくて愛着を感じ始めていた。
そう、私自身は全然冷静で、このめったにない出来事を内心楽しんでいる?自分がいた。
間もなく、救急隊員がやって来て脈を調べたり、同じような質問をして携帯電話で連絡をとり、私を担架に乗せホテルの廊下から従業員用のエレヴェーターを使って下に待っていた救急車に運んだ。
救急車に寝たまま移されて、15分位のドライブで病院に着き車椅子に移され病院内に運ばれた。

暫くして問診から始まり、待ち合い室に移された。
待ち合い室には、熱を突然だしたであろうと推測される子供を抱えた夫婦、血の滲んだ布をまいている40代位の男の人、10代から60代くらいの突然やって来たと言う感じの人でいっぱいだったので、ここは救急専門のところと察した。

40分位待ってやっと私の番が来た。女の先生が私の髪をかき分けて、液体酸素?みたいなスプレーを吹き付けて消毒して乾かし、麻酔の注射をして、糸で縫いはじめた。20分位かかった。
終わると、タクシ-ドライバーに渡すようにと無料のタクシーのク-ポンを渡されホテルに戻った。
さっきお世話をしてくれたセキュリティに帰った事を連絡すると、すぐ出て来てくれ、簡単の書類に記入するようにいわれた。そして"何かあったら遠慮なく声をかけて下さいね"と親切な方だった。私は"お支払いは?どうなっているんでしょうか?"と尋ねると。
"いらない"と。私は"誰が払ったんですか?"と
"誰も、払っていないですよ!多分ロスアンジェルスが"

その晩は、翌日に備えておとなしく部屋のTVでグラミ-賞をながめました。翌日?元気でしたよ!

"七十、八十はまだひよっこ"

一昨日の夜は来日中のヴォーカルのジョーリー.ウイルソンを聴きに行きました。
彼はパリ在住のアフリカ系アメリカ人でふくよかなバリトンからバスの美声で力強い唄を聴かせてくれました。
彼のアルバムは20年以上前に手にしたので、60歳くらいかな?なんて推測したけど、昔から変わらず音楽は意欲的、そしてお洒落なスーツに身を包み、髪にはインディアンがするようなへアバンドをしてオシャレで若々しいので、もっと若いのかな?なんて思ったら現在66歳とのこと。

昨年暮れにピットインで26年ぶりに聴いたヴォーカリストのシーラ. ジョーダンはは72歳でバリバリ。一月にロスで再会したジェイ.クレイトンは、もう一度刺激のあるNYで仕事をしたいと、20年間居を構えていたシアトルから今年NYに移るとのこと、現在60歳。

ひらぶちでんちゅう(正しい漢字を忘れたのでごめんなさい)でしたっけ、"七十、八十はまだひよっこ"って。
みんな素晴らしい、元気がでちゃうな。

私なんてまだ卵の殻の中ですかね?

"篤史くん-I'm gonna miss you!"

一月の最後の木曜日だったと思う。ヴォーカルレッスンが終わったEさんに、4時半にやってくる篤史君のことを話していた。
そこへ"ピンポーン"私は"How are you?"と入り口に迎えに行くと、今日はお母さんと二人で入口に立っている。なんか嫌な予感がし"もしや"と不安が襲った。
以前、篤史くんが"僕のうちは、転勤族"なんて言っていたのを思い出した。
"実は主人が北九州市に転勤になって.....、篤史一人の為にありがとうございました。篤史も今日は様子が変なんですよ!"と、お母さん。やはり私の不安は適中した。
"ああ、先生寂しいなあ、泣いちゃう!"と、涙がでてきて、一緒に迎えに出たEさんに寄り添ってしまった。
その日のレッスンは、私も篤史君もお互いに目を合わせられなかった。

そして今週が最後のレッスンだった。そして篤史くんのお別れ会と登緒子ちゃんの高校の合格祝いとを兼ねたパーティーをした。
パーティーで、篤史くんのお母さんは、"この子は凄く人見知りする子なんです、だから先生といつも何を話していたのかな?って不思議だったんですよ!"って。
"ほんとー、あっちゃん人見知り?"そんな事、思った事もなかったので意外だった。
"きゅうりにお味噌つけて食べたいって言うので、そんな風に家で食べさせた事なんかなかったので聞いたら先生のところで食べて美味しかったからって"
そうだね、そんなこともあったね、って、目を見合わせた。

そして、パーティーのメインディッシュは?
もちろん篤史君のfavorite food "curry"でした。

"あっちゃん、I'm gonna miss you!"

"篤史くん"

滞米計画を中止して帰国、今度は三鷹の南口から北口の武蔵野市に3年半近く前に住み始めた。また1からのスタートだった。
もちろん、自宅でのレッスンスタジオは再開したが、ピアノがおける建物は頑丈なので家賃が高い。そんな折、新聞で"自宅で英語を教えませんか?"という広告を見つけた。"週一日くらいだっら、やってみようかな"と、試験をうけてやる事にした。

英語を子供達に教え始めてまもなく、建物の上の階に住んでいる人から"子供の出入りはうるさくなるし、ここは居住マンションなのでまずい!"という、ヒステリックな苦情が届いた。不動産屋はかまわないというが、めんどくさいので止めよう思ったが、通い始めた5人の子供達に悪い。もう生徒は増やさない事にして、子供達には静かに出入りするようにお願いした。

一年したら3人の女の子は、私立中学に受験するので塾にかわると退めた。
中学生になった友人の娘の登緒子ちゃんは、中学生なので別のレッスン時間。
小学生で一人残った篤史君に"どうする?"とたずねたらら"ぼくは続けたい!"って。
そして今まで続けて来た。
雨の日も風の日も雪の日も休まず毎週毎週木曜日4時半、ピンポーン"Hello!"とやってきた。

一人のなので、英語だけでは集中力がもたないので、前半の時間はいろんな事をして遊んだ。
ベランダの植物を観察したり、育ったきゅうりもイチゴも一緒に食べた。
私が、リサイクルで手に入れた、リヴィングテーブルにサンドペーパーをかけていたら、篤史くんもやってみたいと、一緒に一年間かけて少しづつサンドペーパーで塗料をおとし、ダインニングテーブルと同じ色のニスを塗って組み立てなおし完成させた。

いろんな事をした。コンガも基本パターンはたたけるようになった。
少年野球に入っているので、ダーツの矢は恐いほどなスピードで放つ。
コンピューターのキーボードもほとんどゲームでブライドタッチをマスターした。

篤史くんにWhat is your favorite food ?とたずねると I like curryと答える。

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