What's New | Michiko Yoshino | ジャズボーカリスト 吉野美知子

What's New

2002年9月アーカイブ

携帯電話

電話が鳴ったので出ようとしたら切れてしまった。 そう言えば最近電話がめっきり減ってメールでのやりとりが多くなったなあ!なんて、ふと思った。 電話の音はドキッとするの で、静かでいいと思ったけど、世の中は携帯時代、電話はますます使 われているようだ けど。 私はまだ携帯はもっていない。持てば便利な事もあると思うけど、どうもネコに鈴 がつけられ ているようで、自由が損なわれるようなイメージがある。それに緊急事態でも ないようなことを 電車の中、人の居るところで話している人には、不快で機嫌が悪くなる。 そんな私も1年くらい前に半年間ほど携帯を持った。レンタルビデオのツタヤの前でキャンペーンを やっていて当たったのだ。当たるなんてことめったにないので、縁起がいいので 契約したけど、結 局ナンバーは人には教えず、使ったのも1ー2回。1回は、小淵沢の友 人の家をたず ねた時、 ホームから時間を知らせるのに使ったのと...... . 。その時も使い方 もよくわからず、近くにいた 高校生にかけ方をたずねる始末。結局半年間お金 を払っただ けでやめてしまった。 今はなくても全然困らないけけど、そのうち公衆電話とかますます少 なくなって持たなければなら ない時がくるのかな?

ふとTVをつけたら、司馬遼太郎の写真が画面いっぱいに写っていて、 ".....司馬は.一書生と して、一自由人として...."という ナレーションが流れていた。 司馬を敬愛していたという同じく作家の田辺聖子からの手紙の朗読のようだったけど。 "一書生として、一自由人として.... "うん、いいなあ~そのフレーズ!と、感じ入った。 私も、音楽をやってる者として、後輩の指導?をしているけど、気持ちはみんなと一緒に学んでいるつもりだ。 一応先生と呼ばれるけど、えらい先生になんかなりたくない。みんなのチアリーダーだと思っ ている。そしてもちろん"自由人でありたい"とも.... "ガテン!"

その次は、その次は、その次は.... "

従姉みたいな政子ちゃんから突然電話で"みっちゃん17日あいてる?"って。めずらしく予定が何も書いてない。"あいてるけど、なに?"と答える。 "三枝さんのコンサートで、佐藤しのぶとか塩田美奈子とかでるんだけど" "行きたい!"と、私。"じゃあ6時45分サントリーホールの前ね!""サンキュー!" と、いうわけで今夜はサントリーホールでした。楽しかったですよ!" 三枝成彰歌の世界"と題した、三枝さんの作曲したオペラの歌のシーンのオムニバスのようなコンサート。東京交響楽団そして晋友会合唱団、佐藤しのぶ、塩田美奈子さんの他男性シ ンガー、そしてボーイソプラノ、と盛り沢山でした。私はオペラも好きです。昔は堅苦しい感じが して好きじゃなかったのですが、声楽をやったり、アメリカでオペラのコーラスをやったりしているうちに、より興味が出て来ました。でも最近はBSで夜中に見るくらいで、めったに出かけませ んが。それにしてもソプラノの佐藤しのぶさん塩田美奈子さん二人とも素晴らしかった。佐藤さんはヴィヴラートのかかった含みのある声と素晴らしい歌唱力"ゴージャス"という感じ。そして塩田さんは、ノンヴィヴラートに近い透明感のある声で、可憐な魅力で"爽やかでフレッシュ"な感じ。日本を代表する二人のソプラノを楽しませていただきました。 プログラムにある三枝さんのメッセージは、 "...生涯に、日本から世界に発信できるオペラを10本かく。私はいま自分で、20年以上先までの作曲計画を立てています。Jrバタフライの次は、...その次は...その次は...その次は... その次は...最後が太平洋戦争の終焉を背景にした"特攻隊"現在60歳の三枝さん。すごいなあ! 三枝さん、政子ちゃん今日はありがとう!

"お願い、起きて!!"

私の音楽用に使っていいる、古いパワーブックのマックが昨日から立ち上がらない。最近調子が悪かったのですが、それでも頑張れ!と励まし(おどし?)なんとかもっていたのに。とうとう、昨日はいくら起こしても、うんともスンとも言ってくれない。 "お願い、起きて!起きて!!"と祈る。 この忙しい時にとまた、頭を痛める。修理に出さないと...。 ソフマックという中古を売っているお店で中古を買って取り替えるとデーターが死んでします。新 しいマシーンには今のソフトが合わない。先日危ないかな?と感じてMOにバックアップしようと 思ったのにMOに反応しない。。今考えると、もうかなり重症のところにきていたのだ。 MyマックAを、日頃お世話になっているのにお医者に連れて行かなかったからだ。看護するのは とうぜん、もっともっとやさしくしないといけないんですね?またまた、レッスンです。

72 EAST 7th St

なぜか26年振りに、かつて住んでいたマンハッタンのイーストヴィレッジのアパートをたずねた。ありました,昔とおなじ建物に72のナンバーが。 いまのイーストヴィレッジはお土産物屋などが並ぶツーリアストエリアに変わって,昔と違った風情を見せていました。家賃もあの頃の10倍近くになっている様だ。一つ前の6th.ストリートはインディアン.レストランが軒を列ねて、ちょっとしたリトル.インドに変貌 した。私が住んでいた70'(1970年代)は、ヴレッジ、ソーホーは、いろんなアーティストが住んでいて、 自由でゆったりしていた。初めて出来た友達と6th ストリートを歩いていたら、その友達の知り合いのギタリスJAMSE.BLOOD ULMERが、窓から声をかけて来て"寄っていけ"って。それから私も友達になっていろんなアーティストのところやコンサートなど、いろんなところに連れて行ってもらった。ソーホーのオーネットコールマンのロフトや、チャーリーヘイデン.ラシッドアリのクラブやいろんなところへ.....。そのころはダンサーや絵描きやいろんなアーティストが盛んにクリエイティヴなアプローチをしているおもしろい時代だった。ワシントンスクエアでは、アーティストやパファオーマーの表現や交流の場で音楽やダンスそして魅力的なファッションに身を包んだ人達で活気に満ち溢れていた。しかし今のワシントンスクエアは、ただ普通の小さな公園の感じ。 NY大学の学生、ゲイ、老人、ツーリストや市民にとって憩いの場という感じに変わっていた。私に とってもその日歩き疲れた足を休め、しばらくボッーとするのに丁度よかった公園にかわってた。

シカゴからの宿題

シカゴで4年振りに友人のGrazyna(クラジェーナ)のところにお邪魔して4泊お世話になった。丁度、彼女が4年ぶりにシカゴジャズフェスティヴァルに出演したので、聴く事も出来たのはうれ しかったが、久しぶりに色んな話をした。それは、友人としてまた音楽を表現に選んだもの同志の充実した楽しい時間だった。彼女は、とても才能のあるシンガーですごくエネルギッシュに活動している。 私は"もっとプロモーションをしなければいけない"とハッパをかけられた。そして彼女の話から、地球上には本当に不幸で助けを必要としている子供達がいっぱいる。 例えば孤児院などで身寄りのない子どもたちなど。出来ればそういう子どもを引き取り育てるというのはどう?と。 とても素晴らしいとおもったけどすぐ結論はでない...。宿題をもらった。

カテゴリ

月別 アーカイブ

ウェブページ

Copyright © 2006-2009 BlueVega Records. All Rights reserved